根管治療コラム

「歯の根の先に膿があり、根管治療が必要です」と診断されたとき、多くの方がまず思い浮かべるのが「抗生剤で治らないの?」という疑問です。

内科や耳鼻科領域の病気では抗生剤が効くことが多い一方で、歯の根の膿(根尖性歯周炎)にはあまり効果がありません。

その理由は、抗生剤の有効成分は歯の内部の細菌まで届かず、薬の成分が十分に作用しないためです。

この記事では、なぜ抗生剤が効きにくいのか、本当に必要な場合はどんな時か、そして根管治療でこそ改善できる理由について、大阪の根管治療専門医が詳しく解説します。


目次

なぜ根の先の膿には抗生剤が効きにくいのか?

なぜ、医科の病気や、歯科でも親知らずの抜歯後に処方される抗生剤が、根管治療の際には処方されないのでしょうか?

根管内へ血流が届かず、抗生剤の作用が弱い理由

歯の神経が死んでしまうと、根の先に膿がたまる「根尖性歯周炎」という状態になります。一般的に膿や腫れに対しては抗生剤が処方されますが、原因となっている根管内の細菌に対しては、抗生剤の効果はほとんど期待できません。

その理由は、抗生剤が血液を通じて全身に運ばれる仕組みにあります。
歯の内部は、血流がほとんど届かない環境です。そのため、いくら抗生剤を服用しても有効成分が十分に患部へ届かず、根管内の細菌に対して作用しないといえます。

したがって、抗生剤だけでは根本的な解決にはつながらず、感染源である歯の内部をしっかり清掃・消毒する根管治療が必要になります。

根管内の細菌感染を取り除くには、根管治療しかない

薬で治ってくれれば理想的ではありますが、実際には根管内の細菌減少のためには、根管治療を行うしか方法がありません。

そのため、痛みや腫れ、膿などの症状が認められた場合や、レントゲンで根の先に黒い影がある場合には、症状が悪化する前に、早めに治療を受けることが望ましいといえます。

痛み止めは効果あり、抗生剤は不要なことが多い

一方で、根の先の炎症による痛みに対しては、鎮痛薬(痛み止め)は有効です。

腫れや熱を伴わない限り、抗生剤の使用は不要であり、むしろ安易な服用は副作用や耐性菌のリスクを高める可能性があります。


抗生剤が必要となる場合はどんな時?

基本的に、根の先の膿に対して抗生剤は効果がありません。しかし、抗生剤が推奨される場合が1つだけあります。

歯ぐきの腫れが強く、全身的な影響があるケース

根尖性歯周炎(根の先の膿)は、基本的には顎の骨の中に限局しており、病変が進行すると歯ぐきの腫れにもつながります。しかし、多少歯ぐきが腫れた程度では、抗生剤を服用しても効果はほとんどありません。

しかし、炎症が非常に強く広範囲に波及した場合、すなわち、顔貌が大きく腫れたり、発熱や強い倦怠感を伴うなど、全身的な炎症症状が強い場合には、抗生剤の服用が推奨されます。

場合によっては、錠剤やカプセルの服用ではなく、緊急外来で抗生剤の点滴が推奨される場合もあります。

外科的歯内療法後の感染予防

外科的歯内療法(歯根端切除術や意図的再植術など)は、歯の根の周囲に直接アプローチする外科処置です。そのため、術後に一時的に細菌が血流に入る可能性があり、通常よりも感染のリスクが高まります。

健康な方では体の免疫機能により問題となることはほとんどありませんが、免疫系の疾患をお持ちの方や、糖尿病・心疾患などの基礎疾患により感染リスクが高い方では、全身的な合併症につながる可能性があるため注意が必要です。

このようなケースでは、術後感染を予防する目的で抗生剤の服用が推奨されます。抗生剤は術直前または術後に投与することで、処置後の細菌感染のリスクを大幅に減らすことができます。

ただし、抗生剤の使用には耐性菌の問題もあるため、すべての患者様に一律で投与するのではなく、全身状態やリスクを考慮して必要と判断された場合に限って処方されます。

感染性心内膜炎の予防が必要な患者様

心臓疾患の一つである感染性心内膜炎は、生命に関わる重篤な合併症です。歯科治療では局所的な出血が起こることがあり、その部位から血流に入った細菌が心臓の弁膜に感染するリスクがあります。

このリスクを予防するために、特定の心疾患をお持ちの方には、歯科治療の前に抗生剤を予防的に服用することが推奨されています。具体的には、治療の約1時間前にアモキシシリン2g(250mg×8カプセル)を内服する方法が、国際的なガイドラインで明記されています。

抗生剤の使用には耐性菌の問題が伴いますが、感染性心内膜炎という重大な全身リスクを防ぐためには、予防投与が必要と判断される場合があるのです。


抗生剤の使用で注意すべき点とは?

耐性菌のリスクと過剰使用の危険

不必要に抗生剤を服用すると、体内で「耐性菌」が育ちます。耐性菌とは、細菌が抗生剤(細菌にとっては外敵)に対して耐性を獲得し、抗生剤が効かない菌のことをいいます。

薬剤耐性菌は現在世界的にも問題になっており、将来感染症にかかり、本当に薬が必要になった時に、薬の効果が効かなくなるリスクがあります。
歯科でも抗生剤の乱用は問題視されており、必要最小限にとどめることが大切です。

根の先の膿に対して抗生剤を出されても、治ったわけではない

歯科医院によっては、痛みがあればひとまず抗生剤を処方する医院もあります。

仮に抗生剤を服用したタイミングで一時的に症状が和らいでも、原因となる感染は根管内に残っています。つまり、抗生剤で治ったわけではなく、根管治療によって感染源を取り除かなければ、再発や膿の拡大につながります。

抗生剤は腫れや痛みを予防するものではない

患者様の中には、これまでに歯科医師の誤った説明によって、「抗生剤は腫れや痛みを抑制する」と思っておられる方もいます。しかし、抗生剤は、腫れや痛みを軽減するものではありません。

根管治療後の痛み止めの服用は問題ありませんが、抗生剤は根管治療においては基本的に不要と考えてよいでしょう。


米国歯内療法学会の抗生剤への考え方

米国でも、日本と同様に薬剤乱用による薬剤耐性菌が問題となっています。
米国歯内療法学会(歯内療法・根管治療に関する世界的権威)では、根管治療と抗生剤について、以下のように表明しています。

・抗生剤は原則不要で、根管治療の代替えにはならない
・感染が全身広がっている場合や、免疫不全、基礎疾患がある場合は服用が抗生剤服用を考慮
・抗生剤の乱用は、薬剤耐性菌の面からも避けるべき
・治療の基本は根管治療による感染源の除去


まとめとメッセージ

「根の先の膿=抗生剤で治る」という意見は誤りです。根の問題に対しては、根管治療こそが根本的な治療方法です。強い腫れや発熱、全身の倦怠感があるような場合には一時的に抗生剤が必要となることもありますが、それ以外では使用せず、歯科での精密な治療を優先することが大切です。
まずは根管治療で、しっかり原因を取り除くことが症状の軽減・歯の健康につながります。


根管治療と抗生剤に関するFAQ

Q. 根の先に膿があるのですが、膿があるのに抗生剤は必要ないのでしょうか?

A. 痛みや腫れがなく、全身的な症状が出ていなければ抗生剤は不要です。原因は根管内の感染源にあるため、根管治療での細菌感染の除去が重要です。

Q. 根管治療が必要と言われましたが、抗生剤では治らないのでしょうか?

A. はい。抗生剤では、根の問題は治りません。根の問題の原因は歯の中の細菌感染です。抗生剤をどれだけ服用しても、歯の内部には抗生剤の有効成分は届きません。

Q. 痛みや腫れがあればこれまで抗生剤を出してもらっていましたが、どうして出してもらえないのでしょうか?

A. 理由は、抗生剤を服用してもあまり意味がないからです。もしかすると、これまで医療機関で「ひとまず抗生剤を出しておきます」と説明を受け、服用後に症状が軽減した経験があるのかもしれません。しかし、抗生剤は痛みを抑えるものではありません。また、腫れに対しても、歯の内部の感染に起因した歯ぐきの腫れに対しては、抗生剤の効果はありません。AAE(米国歯内療法学会)でも抗生剤は原則不要であると表明しており、当院でも基本的には抗生剤はお出ししておりません。

Q. 発熱がある時は、抗生剤を飲んだ方がよいですか?

A. 顔貌の大きな腫れや、発熱など全身症状が強い場合は、一時的に抗生剤が適応になることがあります。全身の倦怠感が非常に強いような場合には、医科のクリニックの受診、あるいは口腔外科の受診が推奨されます。

Q. 抗生剤を服用すると耐性菌は本当にできますか?

A. はい。不必要な服用や、自己判断での服用は耐性菌のリスクを高めます。処方の指示に従い、適切な場面に限って使用しましょう。

Q. 抗生剤を飲んだら痛みが引きました。治ったということですか?

A. いいえ。抗生剤で痛みが軽減することはありません。おそらく、抗生剤を服用したタイミングと症状が軽減したタイミングが、たまたま一致したからだと推測されます。根管内の感染源が残っていれば、症状は再発します。症状が落ち着いても、根管治療で原因を除去することが不可欠です。

Q. 抗生剤が効かないのであれば、痛みや違和感にはどう対処すればよいですか?

A. 根管治療に関する痛みに対しては、鎮痛薬の服用を推奨しています。また、治療中の歯で硬い物を噛まないことや、歯ブラシや歯間ブラシ等で歯を清潔を保つことも重要です。根管治療後の違和感については、時間経過とともに徐々に軽減することがあります(詳しくはこちら)。


監修者情報

院長 髙井 駿佑

経歴

  • 2007年 県立宝塚北高等学校 卒業
  • 2013年 国立鹿児島大学歯学部 卒業
  • 2014年 大阪大学歯学部附属病院 総合診療部 研修修了
  • 2016年 医療法人晴和会うしくぼ歯科 勤務
  • 2019年 医療法人晴和会うしくぼ歯科 副院長 就任
  • 2023年 髙井歯科クリニック 開院

資格

  • 日本歯内療法学会 専門医
  • 米国歯内療法学会 会員
  • 日本外傷歯学会 認定医
clinic

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