目次
背景と経過
右下奥歯が噛むと痛いとのことでかかりつけ歯科へ相談したところ、根管治療ではなく、一度歯を抜いて戻す治療(意図的再植術)を提案された患者様です。一般的にはあまり行われない特殊な治療と聞き、専門性の高い処置を希望して来院されました。
※外科的歯内療法についての詳しい解説はこちら
外科的歯内療法とは?歯根端切除術・意図的再植術の違いや選択肢を解説>>
症例紹介
初診来院時の状態

右下7番(第二大臼歯)の根の先に膿がたまっている根尖性歯周炎という状態でした。治療の選択肢として、現在入っているクラウンやメタルポスト(土台)を全て除去して、精密根管治療を行う方法が第一選択として挙げられます。しかし、今回は残存歯質量に不安がある点、古い修復物除去時に歯が割れる可能性がある点などから、通常の根管治療ではなく、意図的再植術の適応と診断しました。
意図的再植術
①抜歯

歯に負担がかからないように、ゆっくりと抜歯します。抜歯時に根の先に根尖病変(膿の袋)が形成されており、除去を行いました。抜歯時にできるだけ歯の周囲の歯根膜にダメージを与えないことが重要となります。
②根尖切除

根の先の感染源はおおよそ先端3mm程度に集中していると言われています。これは、側枝などの根管の分岐が先端に多くみられるためです。そのため、感染源となっている可能性が高い根尖3mmを物理的にバーで切除します。
③拡大視野での精査

色素で染め出しを行い、クラックの有無や、切断面の根管の形態(複根管やイスムスなど)を精査します。この工程は、裸眼で精査することは難しく、高倍率での顕微鏡下での精査が必要です。ここでもしもわずかなクラックが認められる場合、クラックが消失するまで根尖部分の切除を進めます。
④逆根管形成

切断しただけでは、切断した部位に面した感染源を除去しきれていません。そのため、3mm切除した断面から、さらに3mm程度根管内部を逆方向から形成します。
⑤逆根管充填

ステップ4で逆根管形成で生じた窩洞は、そのままだと感染源となり再発のリスクとなります。そのため、形成した部位に対して、MTAセメントを充填し封鎖します。これにより、根管内外の細菌感染の経路を遮断します。
⑥充填を確認し元の位置へ戻す

レントゲンを撮影し、MTAセメントが充填されていることを確認します。問題がなければ、抜いた歯を元の位置に戻して、治療は完了です。
フォローアップ

2週間後:まだかなり動いている感じはあるので、噛まないようにしている。痛みはそこまでない。
3ヶ月後:少し揺れてる感じもあるが、ほとんど気にならない。最初にあった噛むと痛いという症状もない。
6ヶ月後:全く気にならない。落ち着いている。歯の揺れもない。
術前-術後の比較

術前と術後のレントゲン・CT画像を比較すると、根の先の黒い影(根尖部の透過像)の縮小傾向を認め、経過良好といえます。
D根(遠心根)のみわずかに黒い影は残っていますが、治る方向へ進んでおり、時間経過とともに完全に治癒すると考えられます。
症状もないため、このまま継続的に経過観察を続ける予定です。
治療後の患者様のご感想
歯を抜いて戻す治療ということを初めて知り、本当にそんなことをして大丈夫なのかとても不安でした。治療後はかなり歯が揺れていたため心配でしたが、先生に説明してもらっていたように、できるだけ噛まないようにしていると、徐々に揺れもおさまってきました。治療から6ヶ月がすぎていますが、日常生活では治療したことを忘れるぐらい快適で、痛みも消えました。特殊な治療と聞いていたのですが、治療もすぐに終わり、本当に良かったです。
Drからのコメント
意図的再植術は外科的歯内療法のひとつで、一般的には根管治療で治らない場合に行われる処置です。しかし、今回のように状況によっては、初めから意図的再植術を行うことが適応となる場合もあります。幸いにも、抜いた歯を精査したところクラック(歯の破折)がなかったことから、問題なく治療を終えることができました。術後6ヶ月時点で治癒傾向を認め、歯の同様も痛みの症状もなく経過良好です。このままできるだけ長く、健康な歯を維持できることを祈っています。
治療詳細
主訴 | 意図的再植術を受けたい |
治療内容 | 下顎大臼歯の意図的再植術(外科的歯内療法) |
治療期間 | 1回 |
費用 | 意図的再植術(外科的歯内療法)187,000円 |
リスク・副作用 | 根管治療を行った歯は、不快症状が数ヶ月継続する可能性があります。また、術直後は痛みが出る可能性があります。症状の軽減には、およそ半年から1年程度の期間が必要です。意図的再植術後は、歯が生着しないリスク、抜歯時のクラウン脱離のリスク、抜歯時の歯の破折のリスクがあります。 |
この患者様のセカンドオピニオン時のやりとりについては下記をご覧ください。
意図的再植術が必要と言われた70代女性患者様|歯を抜いて元に戻す外科的歯内療法
治療の動画はこちら
監修者情報

院長 髙井 駿佑
経歴
- 2007年 県立宝塚北高等学校 卒業
- 2013年 国立鹿児島大学歯学部 卒業
- 2014年 大阪大学歯学部附属病院 総合診療部 研修修了
- 2016年 医療法人晴和会うしくぼ歯科 勤務
- 2019年 医療法人晴和会うしくぼ歯科 副院長 就任
- 2023年 髙井歯科クリニック 開院
資格
- 日本歯内療法学会 専門医
- 米国歯内療法学会 会員
- 日本外傷歯学会 認定医